気骨を感じるファン

urano_kazumi2011-12-04




今や社会現象とまで言われるAKB48
初期の頃はAKB48と言う名の雪だるまを
みんなで押している感覚がありました。
あたしが初めて触れた頃、ピンポン玉にも満たない位
それはそれは小さなモノでした・・・。
その分混じりっ気の無い、真っ白に輝く見事な球体。
やがて押し手が増えるに従い、その大きさは
みるみる大きくなって行きましたが
その分、砂利や噛み終えたガムの様なモノも混じり
カタチも若干歪なモノになりつつある気がします。。。


ポピュラリティを得ると言うのは、まさしくこういうコト
それはある意味当然の成り行きだし、歯ぎしりしても始まりません。
既得権益の如く、己の楽しみとして囲ってしまうのは
あまりにも器の小さい行為ですから・・・。


世知辛さを感じる半面、嬉しく思うコトもあります。
『最近AKB48のファンになった』とか『まだ一度も劇場公演を観ていない』
などなど・・・AKB界隈で言うところの“新規”と呼ばれる方の中に
全くもって恐れ入る程、気骨を感じるモノの見方をするファンがいて
その方のブログやツィートを拝見すると、まさに目から鱗の落ちる思いなのです。
日頃あたしはあまりコメント等は書きませんが、興味を惹く記述に遭遇した時には
僭越ながら、何かしらの足跡を残させて頂く様にしています。


何度か同じコトを申しておりますが・・・。
幸いにして、あたしは他の多くのファンより少しだけ早くAKB48を知りました。
おこがましくも言わせて頂けば、その歴史をずっと見守って参りました。。。
無論全てに立ち会ったワケではありません。
しかしながら主要な場面に於いては、その目撃者になっているつもりであります。
単なる昔話になるかも知れませんが、興味を持たれた方に対して
知る限りの知識を披露するのは、我々世代の義務だと思っております。
礼を欠く人間はキライですが、その部分さえ見誤らなければ
あたしはどんな立場の方とも、フランクに接して参りたいと考えています。


ファンとしての気構えは人それぞれ
そんな中でも、AKB48の歩んで来た歴史に思いを馳せ
そして今の48グループに対して、自らの意思を発信し続ける方々
微力ではありますが、そんな皆様を応援して参りたいと思います。。。